偉い人は無責任。奇跡を繰返し生還した元海兵が明かす

「いまもむかしも、えらい人は失敗の責任をとりません」「命令どおりの作業をやるしかない生き地獄を、生き残るためには、三度も奇跡が必要だった」 ――最近のニュースのことかと思われるだろう。これは、先の戦争を生きのびたある元日本海軍兵が、70年以上も前の戦場でつかみとった結論だ。その人は『96歳 元海軍兵の「遺言」』(朝日新聞出版)の著者であり、現在は大阪市に住んでいる瀧本邦慶さん。17歳のとき、「お国のために死ぬ。これぞ男子の名誉」と20歳の徴兵検査を待たずに海軍に志願した。4等兵という「下っ端」から出発し、空母「飛龍」に乗りこんだ。以降、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦に従軍し、「餓死の5分前」に追いつめられた南洋のトラック諸島で敗戦を迎えた。戦後70年を経て戦争体験者が次々と世を去っていくなか、「戦争の生の姿」を語ることができる数少ない語り部だ。 語り部になることは考えていなかったんですよ。そんな気はぜんぜんありませんでした。75歳ごろのことでしたかな。新聞の死亡記事欄を見たら、語り部のかたが亡くなったと載っていました。これを読んでな、ほお、こんな人もおるんやなあと。わたしもどっちみちおなじ立場になるんだから、ここらで本気になって考えなあかんかなと。ぼけぼけしておられんなと。そういうことを思いはじめましたんやわ。それからです。 こうして戦争体験をお話しできるのは、生きて帰ってきたからですね。わたしが生きとるのは、太平洋戦争中に3回の奇跡があったからです。 ■最初の奇跡――機銃掃射を受けて 一番目の奇跡は、ミッドウェー海戦(1942年6月)のときに起こりました。飛龍が1発目の爆弾を受けるまえのことです。 アメリカの戦闘機が飛龍のななめうしろから突っこんできました。わたしは甲板の真ん中あたりにいて作業をしとりました。バババババババッと機銃掃射をあびせられました。とっさに甲板にふせました。わたしの右側20、30センチのところの甲板に着弾してパンパンパンパンパンとはしっていきました。 機銃掃射が終わってからね、やれやれと立って体をのばしてみると、痛くもかゆくもない。ひきつづき作業をやっておりました。ところがね、甲板にあたってグシャと変形してはねかえった機銃弾が、わたしの右の肩甲骨あたりわきにあたっておった。そのときは気づきませんでした。痛くもかゆくもなかったからね。背中に軽い出血があると戦友に知らされたもんだから止血処置をしただけでした。その後、ミッドウェーから帰ってきて佐世保の海軍病院で機銃弾を摘出しました。機銃弾がもう少し左側によっていたら、わたしに直撃していました。そうなるともちろん即死です。機銃弾でも大きいやつだったら、直撃していなくてもわたしの首なんかありませんわ。わたしにとっては奇跡ですねん。 ご存じのように日本軍はこのミッドウェー海戦で敗戦の坂道を転げおちていきます。戦後にミッドウェー海戦のことをしらべると、とんでもないことが分かりました。海軍の上層部のヤツらは、敗因は下っ端の下士官兵らがきちんと働かなかったからや、なんてことを言っているんですね。 このときはっきりと分かりました。えらい人は自分の責任を認めるどころか、反対に責任を末端におしつけます。えらい人は失敗の責任をとりません。反省もしません。 ■2度目の奇跡――トラック島の空襲の中で 第二の奇跡はトラック島におったときに起こりました。  空襲が毎日のようにありました。死にたくないから毎日のように防空壕にはいります。防空壕はふたつあって、こちらにひとつ、80メートルぐらい先のあちらにひとつありました。こちらの防空壕の入り口は岩盤でね、ものすごく強固に見えるんです。安心しますやん。絶対こっちやなと思って毎日ここにはいっておりました。毎日ですよ。  80メートル先のあちらの防空壕は入り口がふたつあって、どちらからも出入りできるから便利でした。ところが上の土が薄いんですわ。ものすごくたよりないなと。こら爆弾1発くらったら防空壕ごと吹っとばされてしまうやろうね。だから1回もはいったことありません。 ある日ね、また空襲がありました。いつもとはちがう80メートル先の防空壕にかけこんだんですわ。なんの気なしにふらふら~とはいりました。空襲がやみました。防空壕から外に出ました。びっくりですわ。毎日はいっておった防空壕に1トン爆弾が直撃ですやん。岩盤がくだけて入り口が完全にふさがっとるわけですわ。  ただちに、岩石をとりのぞく作業をはじめました。みんな栄養失調でふらふらや。なにも食べてないから体力はない。でもはやくのけてやらな中の人が死んでしまうでしょう。しんどいとかなんとかそんなこと言うてられへん。小さいスコップでかいて土をばーとのける。爆弾の直撃で壕全体の土がゆるんでいるから、上からザーとくずれおちてくる。また埋まる。またばーとのける。またザーとおちてくる。のける。おちる。これのくりかえしですわ。  やっと入り口が見えたのは1週間後でした。防空壕の中には20人ぐらいはいっとりました。右と左の壁にわかれてね、みんな空気がすいたいから、空気がはいってくる入り口の方向の土に頭をつっこんでね、ほんで全員が死んでおりました。  いつもどおりに防空壕にはいっていたら、わたしもまちがいなく窒息死していたわけです。これもわたしにしたら奇跡じゃないですか。人間業でできることじゃないですね。 ■最後の奇跡――レイテ島への潜水艇  第三の奇跡もトラック島でです。わたしをふくめて5人に転勤命令がきたんですわ。突然のことでおどろきましたが、それから起こったことにもっとびっくりですわ。  どこへ転勤さすんやと思たらね、フィリピンのレイテ島やと。命令を受けたのはみんな23、24歳のわかものばかりや。5人とも年齢だけをみたら元気ざかりですやん。実際は食いものがなくて骨と皮や。栄養失調でふらふらや。生きとるのかどうか自分でも分からんぐらいや。銃も重くて持てないほどによろよろや。そんなやつを転勤させてやな、なにをさすんや。連れていってなんになるんや。  転勤を決めたヤツらは内地におるわけです。最前線のほんまの状況を知らんのですわ。わたしらが餓死寸前だと知らないわけです。おそらくな、書類をめくってね、年齢だけみてね、「お、こいつはまだわかいからつかえる」と考えたのとちがいますか。ああ、こいつも元気そうや、転勤させたれ。あ、こいつもおなじぐらいの年齢か。こいつも、こいつも。そうか、ほな5人やれ、てなもんですね。こうしてえらんだんでしょう。なにを考えとるんやと。  それでもな、もう戦争はこりごりや。とても勝ち目はないと考えておりますやん。そんなときやからね、1日でもはやくトラック島を出たいですやん。少しでも内地にちかいところに行きたい。トラック島におったってなにもええことないんやから。  制海権も制空権もとうにありません。それで海軍が昔つくった古い潜水艇でひとりずつ送りだすということですわ。口に出しては言われんけれどやな、ちょっとでもはやく行きたいですやん。つぎに餓死するのはだれやろかと、おれの順番はいつくるんやろかと、考えているのはそれだけですからね。5人でくじを引いて、ざんねんなことに、わたしは最終便の5番目になりました。つらかったですわあ。  4人目までは決めたとおり潜水艇に乗ってレイテ島へ行きました。順調でした。あ、こんどはおれの番やな、やっと乗れるなと思てね、楽しみに待っとりました。  ところがね、通信兵がわたしのところに来ました。瀧本、おまえが乗る潜水艇、沈んだぞ。そう言うてきました。レイテ島からもどってくるときに駆逐艦に見つけられてね、攻撃を受けて沈没したというんですわ。そういう連絡がきたんですって。  わたしだけおいてけぼりや。トラック島を出られる最後の望みもたたれました。つらかったですわ。泣くぐらいつらかった。ほいで泣きました。ひとしれず母親をしのんでなみだをながしました。  それからしばらくしてからのことです。通信兵が防空壕の中でラジオを傍受していますやん。そいつが言うには「レイテ島で陸海軍が最後の大決戦をやった。海軍の艦船は全滅、陸軍の兵士は全員玉砕した。そういうニュースがはいった」ということですわ。 ほいたらな、わたしもフィリピンによろこんで行っとったらね、完全におだぶつですやん。潜水艇に乗る順番がはやかったら確実に死んどりますやん。わたしの生死も紙一重やったわけです。  まことに人の運命は紙一重ですわ。生死もまた紙一重。一寸先は不明です。これもわたしにしてみたら奇跡なんですね。 ■生かされとるものの責任  このみっつの奇跡によってわたしは生きてかえってきました。どのことを考えてもわたしにとっては奇跡ですねん。こうして生きていることが不思議なんです。命令どおりに動かされて死んどらなあかんやつが、ぎゃくに生きてかえってきたんやから不思議なことですやん。みっつの奇跡に人智のおよばない運命を感じないわけにはいきません。母親がいのってくださったおかげでしょうか。生きのこって戦争の惨状を語りつぐようにという神や仏のなせる業でしょうか。  ですからわたしは自分の力で生きとるのとちがいます。生かされております。生きとるはずのないもんが生かされとるんやから、生かされとるものの責任がありますやん。そう思とります。戦争の実態をストレートに、そのままの姿でつたえる責任です。 *  *  *  瀧本さんは今年の11月で97歳になる。体が動くかぎり講演会や学校で自分の体験を語りつづけるという。理由についてこう語る。 「わたしは幸運にも帰ってきたけれど、20歳そこそこで死んだ者はどないなるんや。わたしらの『青春時代』というのはとんでもないものでした。いまの若者には、わたしらと同じ人生を送ってほしくないんですわ」 https://dot.asahi.com/dot/2018060800088.html

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